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東京地方裁判所 昭和37年(行)132号 判決 1964年6月24日

原告

別紙原告目録記載のとおり

右訴訟代理人弁護士

山本晃夫

被告

東京都知事

東龍太郎

右指定代理人東京都事務吏員

三谷清

(ほか三名)

主文

本件訴えは、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

(当事者の申立て)

第一、請求の趣旨

一、各原告らと被告との間において、別紙物件目録記載(1)ないし(27)、(29)ないし(62)、(64)ないし(95)、(97)ないし109の各土地につき、被告が、別紙買収及び売渡目録の買収時期欄記載の日付をもつてした買収処分が無効であることを確認する。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

等二、被告の申立て

主文と同旨

(当事者の主張)

第一、原告らの請求原因

別紙請求原因記載のとおり(ただし、一項の二行目「一番ないし一〇九番の各土地」とあるのを「(1)ないし(27)、(29)ないし(62)、(64)ないし(95)、(97)ないし109の各土地」と訂正する。)。

第二、被告の本案前の申立理由

一、行政処分の無効確認の訴えは、行政事件訴訟法第三条第四項において、抗告訴訟の一態様として認められているが、同法第三六条は、かかる訴えの原告適格につき「無効確認の訴えは……当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて、目的を達することができないものに限り提起することができると規定している。

原告らは、本訴において、別紙物件目録記載の土地につき、被告がした買収処分の無効確認を求めているが、買収処分が無効であれば、これを前提として、所有権確認の訴え、あるいは、これに基づく目的物返還請求の訴え等により、その目的を達することができるのであるから、本訴は、まさに、同法第三六条の「現在の法律関係に関する訴えによつて、その目的を達することができる」場合に該当すること明らかである。したがつて、本訴は原告適格を欠き不適法というべきである。

二、原告らは、所有権確認の訴え、不法行為に基づく損害賠償請求の訴え、不当利得返還請求の訴え等を提起することができるが、相手方より時効の抗弁を提出される公算が大で、その目的を達することができないから、他の訴えによつてその目的を達することができないものに当ると主張するが、同法第三六条の「現在の法律関係に関する訴えによつてその目的を達することができないもの」とは、現在の法律関係に関する訴えの形式によることができないものをいうのであつて、いやしくも、現在の法律関係に関する訴えを適法に提起できる以上、右規定に該当しないものというべきである。

けだし、かく解さなければ、行政処分の無効確認の訴えは、現在の法律関係に関する訴えの勝敗いかんによつて、その提起の可否が決せられることになり、理論的に一貫性がなく不合理であるばかりでなく、原告らのいう請求原因以外の要因によつて訴えの目的を達することができないというのは、ひつきよう相手方が時効の援用をなしうるほどの長期間にわたり、原告らが権利を行使しなかつたことに基因するものであつて、それにより敗訴したからといつて、行政処分の無効確認の訴えを提起しうるというのは甚だ不合理であるからである。

原告らは、所有権確認の訴え、土地返還請求の訴え、不当利得返還請求の訴え等あらゆる現在の法律関係に関する訴えを提起してみても、勝訴の見込みがないことを自認しているけれども、そうであるならば、仮に本件買収処分の無効であることが判決で確認されたとしても、原告らはその判決によつて、なんら具体的な権利、利益の救済を得られない地位にあるものというべく、したがつて、かかる判決は、全く法律上意味のない、原告らに対し単なる感情的満足を与えるだけのものに過ぎず、事件の具体的解決に役立つものではないのであつて、この点からして、原告らは本件買収処分無効確認の訴えを提起するについて、訴えの利益を有しないものといわなければならない。

なお、原告らは訴えの利益について、るるのべているが、いずれも独自の見解であるからあえて反論しない。

第三、被告の主張に対する原告らの反論

一、被告は、本件は現在の法律関係に関する訴えによつて、その目的を達することができる場合に当るから、本訴は行政事件訴訟法第三六条により原告適格を欠き不適法であると主張するが、本訴はかかる場合に該当しない。

すなわち、同条後段の「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」とは法律上「現在の法律関係に関する訴えが許容されていないもの」、だけを意味するものではなくそのような訴えを提起することができても、除斥期間、または時効期間の満了等の請求原因以外の要因によつて、その目的を達することができないものをも含むものと解するのが相当であり、このことは行政処分の無効確認の訴えが、他の訴訟方式によつては目的を達することができない場合の一種の補充的救済方法であることの性質によつても明らかである。

そこで、本件について検討するに、本件各土地はいずれも昭和二二年七月ころから昭和二四年七月ころまでの間に政府に買収され、かつ同期間内に別紙買収及び売渡目録記載のとおり、訴外新井藤吉ほか一三六名に売り渡され、爾来同人らは平穏公然、善意、無過失に所有の意思をもつて一〇年以上本件各土地を占有し、民法第一六二条第二項による取得時効の期間を経過したため、仮に原告らが同人らを被告として、本件買収処分の無効であることを前提とする土地所有権の確認を求める訴訟を提起したとしても、該訴訟で同人らが取得時効を援用することは必定であるから、原告らが、右訴訟においてその目的を達することができないことは明らかである。そして、このことは他の訴訟においても同様である。たとえば、本件買収処分の違法を主張して国に対し不法行為を原因に損害賠償を請求したとしても、右買収処分による損害及び加害者を知つたときからすでに三年間の除斥期間(民法第七二四条のいわゆる時効期間)を経過しているので、とうていその目的を達することはできない。また、本件土地に対する国の買収対価が憲法第二九条第二項の保障する「正当の補償」の要件を満さなかつたことを理由にしてその増額を請求しようとしても、自作農創設特別措置法第一四条の定める買収令書の交付又は公告のあつた日から一カ月以上を経過している今日としては、もはや本件買収処分の違憲等を前提とする補償金の増額請求、その支払義務確認というような現在の法律関係に関する訴えを提起することはできない。さらに、政府が本件土地を不当な対価で買収し、原告らの損失において、自作農の創設、農業生産力の増強という国家的施策を実行したことは、政府が法律上の原因なく、原告らの損失により利益を受け、原告らに買収土地の価格相当額の損害を被らしめたことに帰着するところから、これを理由に国に対し不当利得返還請求の訴えを提起したとしても、すでに買収時より一〇年を経過している今日としては、民法第一六七条第一項の消滅時効を援用されれば、その目的を達することは不可能である。

以上のごとく、原告らは、本件買収処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて、その目的を達することができないものであるから、行政事件訴訟法第三六条により本件買収処分無効確認の訴えの原告適格を有することは明らかである。

被告は、もし同条が、請求原因以外の要因によつて訴えの目的を達することができない場合にも、無効確認訴訟の原告適格を肯定する趣旨とするならば、行政処分の無効確認の訴えは、現在の法律関係に関する訴えの勝敗いかんによつて提起の可否が決せられることになり不合理であると主張するが、原告らは、前述のように本件買収処分の無効を前提として現在の法律関係に関する訴えを提起しても、その目的を達することができないことは明らかであるから、はじめからかかる訴えを提起していないのであり、また仮に、このような訴えを提起して敗訴したとしても、該訴訟の判決の既判力は、その前提となつた本件買収処分の効力の判断には及ばないのであるから、敗訴者が改めて買収処分の無効確認の訴えを提起する可能性を不適法視したり、不合理視したりすることはできない。そして、被告主張のように、いやしくも現在の法律関係に関する訴えが提起できる以上、同法第三六条により行政処分の無効確認の訴えが提起できないとするならば、現在の法律関係に関する訴えについて、規定せられた除斥期間あるいは時効等の制約を、本来そのような制約のもとにおかれることのない無効確認の訴えに転移するという不合理な結果を来たすきらいがあるばかりでなく、現在の法律関係に関する訴えの前提条件である当該行政処分の存否または効力の有無の問題を法的に争う機会を永久に失わしめることになり、その結果本来不存在であり無効であるはずの行政処分を、爾後、存在する有効な行政処分として評価せしめること(無効の有効化)になるが、このような帰結は、法が無効確認の訴えについて、特に除斥期間の制約を除き、何時でも行政処分の存否またはその効力の有無に関する司法審査をなしうるようその機会を確保しようとした基本精神に反するものである。さらに、被告は、原告らが所有権確認の訴え等の現在の法律関係に関する訴えを提起しても、除斥期間や、取得時効等の関係上、その目的を達することができないのであれば、仮に本訴において、本件買収処分が無効であることが確認されたとしても、原告らはその判決によつてなんら具体的な権利、利益の救済を得られないから、かかる判決は法律上意味がなく、事件の具体的解決には役立たないから、原告らは訴えの利益がない旨主張するが、行政処分の無効確認訴訟は、行政処分の無効確認ということ自体を訴訟物とするものであつて、原告らにはかかる確認を受けること自体にその本質的な訴えの利益があるのである。すなわち、

(イ) 無効確認を受けること自体の利益について、

違法かつ無効な買収処分によつて、自己の権利を侵害された原告らは、本件買収処分の無効確認を得ること自体について、法律上の利益を有するものである。なんとなれば、行政訴訟、わけてもその無効確認訴訟の制度は、必ずしもその提訴者の個別的具体的な権利、義務に対する救済を唯一至上の使命とするものではなく、一面においては、人が常に正しい行政の下にのみ服従する義務があり、法的に正しくない行政には、それへの服従を拒みうる権利と自由を保障されている関係から、かかる法的に正しくない行政については、何時にても司直の判断を仰ぎ得ることの主観法的利益を固有するものであつて、行政処分の無効確認の訴えについて除斥期間の制限がないのもこのためである。

(ロ) 損害の救済を求めることへの障害の排除並びに救済請求のための正当根拠の確定等に関する利益について、

本件買収処分の無効確認訴訟は、その効果の面からみれば、当該買収処分が適法かつ有効であつたならば、発生すべからざりし権利義務の不存在の確認を求める訴えである。したがつて、その確認を得た暁においては、少くとも国に対する関係においては、原告らは本件各土地に対する所有権者としての地位を回復する。もつとも、本件各土地を国から売渡しを受けた者が民法第一六二条第二項に基づく取得時効を援用することの公算が大であるから、所有権を実際に回復することは困難であろうが、他面本件買収処分が有効なものとして仮象的効力を維持する限りは国から本件各土地の所有権の喪失に対する相当損害額の救済を受け得られないという現実的な不安かつ不公正な地位に置かれる故、他のあらゆる法的救済の道を絶たれた原告らは、本件買収処分の無確認を得て、この不安かつ不公正な地位を即時除去してもらう消極的な意味において、本訴は訴えの利益がある。そして、他方積極的な意味においては、原告らは本件買収処分の無効であることの確認さえ受けておれば、それによつて憲法第一六条及び第二九条第三項等の規定に基づき、国に対して本件各土地の所有権相当額の損害の補償に対する立法的財政的措置を請求しうる「法的正当根拠」を確定しうることにおいて、その利益を有するものである。

(ハ) 予防的確認の利益について、

原告らは、本件買収処分が憲法に違反し無効であることを理由として、その無効確認を求めているものであるか、もし本件買収処分の無効であることが裁判によつて確定せられない場合においては、政府は再び無効な農地の買収処分を反覆するおそがれある。したがつて、このような場合には予めこれを防止するために、かかる買収処分の無効確認の判決を受けておくことについて原告らは法的利益があるものといわなければならない。行政事件訴訟法第三六条に「当該処分又は裁決に続く処分により損害をうけるおそれのある……」という場合の「続く」は、同一事案の処理のために行われる数個の処分(たとえば、国税徴収法の滞納処分による差押、交付要求、換価、配当等の各処分)の「継続性」のみならず、同種の行為の反覆される意味での「連続性」をも含むものと解すべきが相当である。けだし、法の意図は「継続」する又は「連続」する違法な行政処分が区民の法律上の地位に対して及ぼす不安や危険をあらかじめ除去しようとするにあるからである。

行政処分の無効確認を求める訴えの目的は、その処分の結果たる法律関係の存否を争うというよりも、むしろ当該行政処分自体の違法を攻撃して、その無効の確定を求めるものであり、あるいは、少くとも行政処分によつて生じた権利義務関係の存否と同時に、当該行政処分そのものにおける客観法適合性の有無の確認を求めることにあり、その意味において行政処分無効確認の訴えは、客観的法秩序の維持ということがその訴えの本質的、第一義的利益である。もちろん、行政訴訟がその動機において多くの当事者の個人的権利の救済に志向されていることは争えないが、しかしそれのみに終始するものではない。それとともに、あるいはそれにも増して客観法維持の目的がその訴えの前景に立ち、そこに登場する各当事者も、同時にまた、かかる客観法秩序の維持という公共的任務の一半を担うものである。かくて本件訴えの利益も、たんに本件買収処分によつて生じたとされる権利義務の存否確認という主観法的側面においてのみならず、さらに右買収処分が当該関係法規に適合するかどうかという客観法秩序維持の面からも精細に考定されなければならない。この意味においても、本件訴えの利益は肯定されなければならない。

二、以上のように、本件買収処分無効確認の訴えが適法であることは明らかであるが、もし被告主張のごとく、行政事件訴訟法第三六条の規定が、現在の法律関係に関する訴えを提起することができる限り、行政処分無効確認の訴えを提起することができない趣旨とするならば、無効確認訴訟制度の本質をも否定する給果とならざるを得ない。もちろん、現在の法律関係に関する訴訟においても、その前提条件として当該行政処分の存否、効力の有無等の審理判断が行われることには相違ないが、前述のように、一度そうした現在の法律関係に関する訴えの除斥期間を経過するとか、時効の完成をみるときは、(相手方が時効の利益を放棄した場合は格別)このような訴えの提起は不可能となり、その前提条件である当該行政処分の存否、効力の有無等を争う機会は永久に失われるのである。しかるところ、こうした行政処分の存否又はその効力の有無を争う訴訟は、その本質上、その提起について除斥期間の定めがないのが建て前である。けだし、本来不存在もしくは無効の行政処分は、法の特別の擬制がある場合のほか、除斥期間や、時効期間の完成のごとき一定期間の経過によつて、存在化したり、あるいは有効化したりすることはあり得ないからである。したがつて、何時でもその不存在又は無効を争いうるのであつて、同法第三八条が取消訴訟に関する出訴期間の規定を行政処分の無効確認訴訟に準用していない根本理由もここに存するわけである。にもかかわらず、もし同法第三六条の規定の趣旨が被告主張のとおりだとするならば、前述のように少くとも現在の法律関係に関する訴えについて規定された除斥期間の経過又は時効の完成後においては、もはや、当該行政処分の存否や、その効力の有無を争う機会は失われることになるが、これは無効確認訴訟を設けた制度の本質にもとり、ひいては裁判所の司法審査の権限を著しくせばめ、国民の裁判を受ける権利を制限し、又は排除する結果になるから、無効確認訴訟の原告適格を規定した同条の規定は憲法第三二条、第七六条、第八一条に違反し無効というべきである。

理由

一、行政処分の無効確認の訴えは、行政事件訴訟法第三六条により「当該処分の存否又はその効力を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる」ことになつているところ、原告らは、本件土地に対する自作農創設特別措置法に基づく買収処分は同法が憲法に違反しているから無効であると主張して、本訴においてその無効確認を求めている。

しかしながら、本件土地についてすでに売渡処分がなされていることは原告らの自認するところであるが、買収処分が無効であれば、本件土地の所有権は依然として原告らにあるのであるから、原告らは、何時でもこれを前提として、右土地の売渡しをうけた者に対し、土地所有権の確認、ないし土地の明渡し、所有権取得登記抹消請求等の現在の法律関係に関する訴えを提起し、その救済を求めることができ、これによつて買収処分によつて受けた不利益は回復されるわけであるから、原告らが本件買収処分無効確認の訴えの原告適格を有しないことは明らかである。

原告らは同条の「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」とは、法律上、現在の法律関係に関する訴えが許されていない場合だけでなく、そのような訴えを提起することが法律上可能であつても、相手方の時効の援用等請求原因以外の事由によつて、勝訴の見込みがない場合をも含むものと解すべきであると主張し、その理由についていろいろ述べているが、同条において現在の法律関係に関する訴えによつて、その目的を達することができない場合とは、買収処分がなされ、売渡処分がなされる以前にこれを阻止する必要がある場合等、処分無効確認の訴えによつてのみ目的を達しうる特別の事情のある場合を指すものと解すべきであり、原告らの主張するように、時効等の請求原因以外の要因によつて敗訴することが見込まれているような場合を含むものではない。原告らは、もし現在の法律関係に関する訴えが提起できる以上行政処分の無効確認の訴えが提起できないとすれば、現在の法律関係に関する訴えについて規定せられた除斥期間あるいは時効等の制約を、本来そのような制約のもとにおかれていない無効確認の訴えに転移するという不合理な結果を来たすきらいがあるばかりでなく、現在の法律関係に関する訴えの前提条件である当該行政処分の存否又は効力の有無の問題を法的に争う機会を永久に失わしめることになり、その結果本来不存在であり無効であるはずの行政処分を有効化することになるが、このような帰結は法が無効確認の訴えについて特に除斥期間の制約を除き、何時でも行政処分の存否又は効力を司法審査に服せしめうることとした精神に反するものであると主張するが、行政事件訴訟法においては、無効確認の訴えは、前記のような特殊の場合に限り許されるのであつて、それ以外の場合はこれを許さず、現在の法律関係に関する訴えによつて争わせる趣旨であり、その除斥期間、時効等についても、それぞれの訴えについての規定によらしめることとしたものと解されるのであつて、行政事件訴訟法で行政処分無効確認の訴えについて出訴期間が定められず、現在の法律関係に関する訴えについて除斥期間、時効等の制約があるからといつて、これらの制約を無効確認の訴えに転移するものということはできないし、また、同条は、行政処分の存否及び効力を永久に争わせることを意図したものでもないから、原告らの右主張は、これを認容することができない。

さらに原告らは、本件無効確認の訴えによつて、具体的な権利、利益の救済を得られないとしても、行政処分の無効確認を受けること自体について利益があり、損害の救済を求めることへの障害の排除(この意味は明確でない。)、国に対する立法的財政的措置を請求しうる法的正当根拠の確認の利益、将来の無効な農地の買収処分の反覆性についての予防的確認の利益、客観法秩序維持の利益等があると主張するが、いずれも独自の見解であつて、原告らが現に有する権利ないし法律上の利益の救済を得ようとするものではなく、単に過去の法律行為たる行政処分の効力を争い、本来、現在の法律関係に関する訴えによつて救済をうけることができたが、現在は除斥期間、時効等によつて主張しえなくなつた権利ないし利益の復活を企図しているものにほかならぬものというべく、右第三六条の規定は、かかる訴えを許す趣旨のものと解することはできない。したがつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

二、次に原告らは、現在の法律関係に関する訴えを提起することができる以上、時効期間の満了等請求原因以外の事由によつて勝訴の見込みがない場合においても、行政処分の無効確認の訴えを提起することができないとするならば、無効確認を認めた制度の本質にもとり、行政処分に対する司法審査の権限を著しく制限し、かつ国民の裁判をうける権利を排除する結果になるから、無効確認訴訟の原告適格を規定した行政事件訴訟法第三六条の規定は、憲法第三二条、第七六条、第八一条に反すると主張するのでこの点について判断するに、原告ら主張のような場合に行政処分無効確認の訴えを提起しえないものとしても、法が無効確認訴訟を認めた本質に反するものでないことは、前述したところから明らかであるのみならず、憲法第三二条、第七六条、第八一条の規定は、何人も憲法により司法権を行うべき国家機関としてみとめられている裁判所すなわち最高裁判所及び下級裁判所において裁判を受ける権利を保障されていること、裁決所は一切の法令、処分の審査権を有すること等の原則を定めたにすぎず、裁判所に対する出訴の方法、時期等につきある程度の合理的制約を設けたとしても、これをもつて右憲法の規定に反するものということはできない。むしろ、権利ないし利益の違法の侵害があつた場合にも、一定期間を経過したときは、社会の法的安定を図る等のため、時効、除斥期間等によつて、その侵害による救済を求め得ないこととしていることは現在の法律制度のもとでは通常のことともいえるのであつて、憲法の右規定は、このような制約をも禁止しているものとは考えられない。しかるに前述のように行政処分が無効であれば、これを前提とする現在の法律関係に関する訴えを提起して自己の権利の救済を求め得るのであるから、これによつて当事者の裁判を受ける権利は保障されているものというべく、それらの訴えにつき除斥期間ないし時効の期間が経過した場合にも行政処分の無効確認訴訟を提起することができることとしていないからといつて、それが不当であつて、右憲法の条項に違反するものということはできない。したがつて、原告らの右主張も失当というべきである。

三、以上のように、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官位野木益雄 裁判官田嶋重徳 桜林三郎)

訴   状

当事者の表示<略>

請求の趣旨<略>

請求の原因

一、別紙物件目録記載の各土地は、もと各原告の所有であつたところ同目録記載一番ないし一〇九番の各土地については被告東京都知事が別紙買収及び売渡目録「買収時期」欄記載の各年月日に、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条の規定により、これを各原告より買収した上、同目録「売渡時期」欄記載の年月日に、同法第十六条「物件目録記載一〇八番及び一〇九番記載の各物件については農地法第三十六条)の規定に基き、これを買収及び売渡目録「政府より売渡を受けた者」欄記載の者にそれぞれ売渡し、これらの者のための各所有権取得登記を経由した。

二、しかしながら、被告東京都知事の右各土地に関する買収処分は、次の理由により無効である。

(1) 自創法は、「自作農を急速且つ広汎に創設」することを目的として、政府が、一定の標準に基き、全国的規模において、農地を画一的に買収するとともに、かくして買収した農地を小作農その他一定の有資格者に売り渡すべきことを定めている。しかし、このような社会革命立法は、憲法第二十九条第三項に規定する「公共のために用いること」の範囲を逸脱し、違憲である。

そもそも憲法第二十九条第一項は、明確に私有財産制を保障しており、同条第二項により財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定められるけれども、それはあくまでも右第一項に規定する私有財産制の制度的保障を前提とするものであるから、この制度を侵害ないし破壊する程度のものであつてはならないという限界が存するのである。同様に、同条第三項にいう「公共のために用ひること」も、私有財産制の保障を前提とし、それを損じてはならないという限界があるばかりでなく「公共のために」という言葉が、元来、公共の福祉のために、あるいは公共の利益のためにという言葉より意味が狭く限定されていることは、憲法制定の経過に徴するまでもなく明らかなところである。すなわち、それは、例えば土地収用法におけるごとく、公共事業に使うなど直接公共のために用ひる場合を指称するのであつて、自創法のように国家自ら公権力を行使して国民のある階層の私有財産を取り上げ、他の階層の私有財産を設定するという場合は、私人の経済活動の基盤を調整することによつて、間接的には公共のため――正確に言えば公共の利益のため――になるにせよ、直接に公共のために用いるものとは言えないのである。もし、このように国家が私経済活動の調整のためにする場合をも憲法にいう「公共のために用ひる」ものであるとするならば、遂には国家の施策として行われる事業は悉くこれを「公共のために」するものであると言わなくてはならず、憲法において特に同条同項を設けた意義は全く失われてしまうことになろう。立法者の真意がこのような解釈を許すものであつたとは到底考えられないのである。結局自創法は右の意味で憲法第二十九条第一項ないし第三項に違反するものであつて、憲法の埒外に出た国家権力による革命立法という他はない。

更に以上の解釈は、比較憲法の上から言つても充分これを裏づけることができるが、この点については追つて準備書面をもつて明らかにする。

従つて昭和二十一年に制定施行された自創法中本件関係の諸条項は昭和二十二年五月三日の憲法施行後は、憲法第第九十八条第一項によりその効力を有しないものである。

(2) 次に、自創法第六条第三項に定める農地買収の対価は、憲法第二十九第三項に規定する「正当な補償」に該当しないから、右対価による買収を定めた自創法の規定は新憲法施行後は無効である。

この場合「正当な補償」とは、社会通念に照らして公正妥当な取引価格によるべきである。例を土地収用法にとれば、同法第七十二条は、「収用する土地に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償しなければならない。」として、取引価格と等価ではないにせよそれを基準とする旨規定しており、しかも同法は地代家賃統制令の適用の有無を問わず一律に右のような補償基準を設けているのである。なお自創法自体第三十一条第三項においては、未墾地で農地以外の土地を買収する場合の対価につき、「当該土地の近傍類似の農地の時価を参酌し、土地以外のものにあつては、時価を参酌する。」と定めており、同法第三十三条第三項においても時価主義が採られていることに注目する必要がある。

ところが、自創法第六条第三項に定める農地買収の対価は、その取引価格に及ばないどころか、それを基準とした相当な価格の名にも到底値しない名目的な対価たるに止まつている。(具体的な数値の検討は後に準備書面において明らかにする。)

その他、同法第十条の規定によれば、買収される農地の面積は、土地台帳に登録した当該農地の地積によることになつているが、一般に農地の実測面積が土地台帳に登録した面積より一割ないし数割多いことは公知の事実であつて、同条但書による面積の修正が殆どされなかつた実情の下では、このことも亦ただでさえ少額の対価を単位面積当りますます少額のものとするとする役割を果しているといわなければならない。

(3) 右の如く自創法は無効であり、従つてまた自創法によつて行つた被告都知事の前記各土地に関する買収処分は無効である。

三、よつて、各原告と被告との間において、右各土地に関する前記各買収処分の無効の確認を求める。

(原告目録、買収及び売渡目録、物件目録)<省略>

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